武蔵野の面影を色濃く残す一橋大学のキャンパスには、アカマツに代表される多くの種類の樹木に加え、沢山の草本類が生命を育んでいます。春から秋にかけ、ふとキャンパス内の道路脇や林の中に目を向けると、そういった野草を目にすることができます。「野草」というより「野に生きる草本類」とか「野に咲く草花」といった方が適切かもしれません。2015年3月を最後に途絶えていた、キャンパスの季節を代表する「野に咲く草花」の紹介を再開します。初回となる今回は、春先にキャンパスで見られる7種類の草花を紹介します。

■キャンパス内に生育するスプリング・エフェメラル

3月も半ばを過ぎ、林の中が明るさを増してくるといち早く、葉を開き、そして花をつける草花があります。このような草花は落葉広葉樹林に適応し、コナラやクヌギなどの落葉樹が芽吹いて林床を覆う前に、いち早く芽を出し、葉を広げ、花を咲かせ、種子を作り、そしてこれらの樹木が葉の展開を終える晩春から初夏には葉を落とし、根だけを地面の中に残し眠りに入るという「生活戦略」を持っています。「春植物」と呼ばれ、短命で、美しい花をつけることから「スプリング・エフェメラル」、その美しさから「春の妖精」とも呼ばれています。キャンパス内に自生する二つの植物を紹介します。キンポウゲ科の植物、イチリンソウとケシ科の植物、ムラサキケマンです。

イチリンソウ(一輪草)

イチリンソウ大学の西キャンパスの正門近くの林の中で、3月の終わりから4月の初めに芽を出し、中旬を過ぎると1本の茎に大きな白い花を一輪つける植物が群生しています。イチリンソウ(一輪草)です。花びらのように見えるのは実は「萼片」で、花びらの役目をします。
イチリンソウ写真を見るとわかりますが、多数の雄蘂と雌蘂を持ち、花の構造としては原始的な植物だといわれています。葉も長い柄のある3枚の葉が茎の途中からついていて、細かな切れ込みがギザギザとした特徴的な形をしています。奥ゆかしい、美しい花をつけますが、有毒です。毒を持つのも、植物にとっては昆虫や動物に食べられないように自分を守るために必要なことです。

ムラサキケマン(紫華鬘)

ムラサキケマンキャンパス内の直射日光のあたらない木陰などで見かけます。あまり目立ちませんが、4月から5月にかけて紫色の筒状の花を咲かせます。名の由来は、花の形が仏殿の欄間などに飾る華鬘に似ているためといわれていますが、よく見ないとわかりません。茎は直立し、高さは30から50センチメートルほどになります。茎につく葉は、2から3回三出羽状複葉という複雑な構造をしていて、単葉ではありません。
ムラサキケマンの一生は少し変わっています。開花の年の6月頃に成熟した種子は翌年の春に発芽、初夏まで成長した後、地上部は枯れ、地下に団子状の塊茎を残します。その年の秋再び活動を始め、数枚の葉を出して年を越し、春になると花茎を立てて花をつけ、結実すると全体が枯れて一生を終えます。やはり有毒で、誤って食べると嘔吐、呼吸麻痺、心臓麻痺などを引き起こします。

■早春のキャンパス内に楚々と咲くシソ科の植物

キャンパス内に早春に咲くシソ科の植物を紹介します。シソ科の種類は世界で220属3,500種類、日本では27属87種類が自生しているといわれて、とても大きなファミリーです。例外もありますが、基本的には茎は四稜形、花は唇形花、芳香があるなどの特徴があります。シソは無論のこと、ハッカやラベンダーなどのハーブ、サルビアなどもこの仲間です。キランソウ属のキャンパス内で見ることのできる植物、キランソウとジュウニヒトエを紹介します。

キランソウ(金瘡小草)

キランソウ日当たりのよい林の中、道端、石垣などに生育します。キャンパス内では、職員集会所裏などで目にします。地下茎の基部から出る葉(根生葉)が地面を覆うように広がることから、ジゴクノカマノフタともいいます。 茎は四稜形でなく丸く、地をはって広がり、縁にギザギザがあり細かい毛の生えた小さな葉をつけます。
キランソウ3月から5月にかけて葉腋に濃紫色の唇形の花を数個咲かせます。薬効があり、生薬名は、「筋骨草」で、鎮咳、去淡、解熱、健胃、下痢止めに使われます。虫さされや化膿した切り傷や腫れ物、うるしかぶれや草負けにも効きます。なお、漢字の「金瘡」は刀傷などの切り傷のことをいい、漢字名は傷に効く薬草の意です。

ジュウニヒトエ(十二単)

ジュウニヒトエ雑木林などの日当たりのよいところに生育しています。キャンパス内でもコナラやクヌギの林の中で目にします。全体が縮れた白っぽい毛で覆われています。真っすぐにのびる茎をとりかこむように多くの花がつき、何段にも重なるように咲いて花の穂を立てています。その様子を宮中の女官が着る十二単に見立てて、「十二単」と呼びました。
ジュウニヒトエ花は唇形で、色は白か淡い紫色をしています。上の花びらが下と比べると非常に小さいところが特徴です。葉は先がややとがった楕円形で、裏面は白みをおび、ふちに波状の鋸の刃のようなギザギザ(鋸歯)があります。薬効があり、花の開花期に採取したものを乾燥させ、健胃のために煎じて服用します。

春のキャンパス内に花を咲かすラン科の植物

キャンパス内には春を代表する地生ランの仲間が生育しています。キンランとギンランです。キャンパス内では複数箇所の自生地が確認されています。この二種類のランは、昔は雑木林の林床などでよく見られましたが、雑木林の手入れが行われなくなり生育環境が悪化したことや乱獲により数を減らし、絶滅危惧種になっています。キンランやギンランは「(外)菌根菌」と呼ばれる木の根と共生する菌種の中で、イボタケ科、ベニタケ科などの菌種に養分を依存しています。樹木は光合成で得られる炭素源(糖)を菌根菌に与え、菌根菌はアミノ酸合成に必要なチッ素などのミネラルを樹木に与えます。キンランやギンランはその共生関係に割り込み、両方から炭素源とチッ素源を分けてもらい生きています。そのため、日照、周辺に生育する樹木の種類(コナラ、クヌギ、シイやカシなど)、落葉の堆積状況などの条件が整った限られた環境でのみ生育できます。近年、キャンパス内でのキンラン、ギンランの株数は増加していて、共生する菌根菌の生活環境が改善していることによるものと考えられます。なお、ラン科の植物は地球上で10,000種を越え、被子植物の中では最も進化した植物といわれています。

キンラン(金蘭)

キンラン和名は黄色(黄金色)の花をつけることに由来し、山や丘陵の林の中に生える地上性のランです。
キンラン高さ30から70センチメートルの茎の先端に4月から6月にかけて直径1センチメートル程度の明るく鮮やかな黄色の花を総状につけ、花は全開せず、半開き状態のままです。葉は狭楕円形状で、縦方向のしわがあり、柄が無く、茎を抱いて、7、8枚が互生します。

ギンラン(銀蘭)

ギンランキンランと同じ分布をします。和名はキンランに対して白色の花をつけることによります。茎は直立して細く、高さはキンランより小振りで10から30センチメートルになります。葉は3から6個が互生し、葉身は狭長楕円形で、葉先は鋭くとがり、基部は茎を抱きます。花期は、キンランより遅く5月から6月で、茎先に数個の半開きの花をつけます。キンランより菌根菌に依存する度合いが高いといわれています。類似種に同属のササバギンランがありますが、ギンランより背が高く、長い葉を持っています。

キャンパス内のどこにでも見ることのできるマメ科の植物

最後に、どこにでも見ることのできるマメ科の植物を紹介しましょう。キャンパス内の道路脇や林縁の草地に、羽根のように奇数枚の小葉をつけた葉(奇数羽状複葉)を持ち、茎の先に髭をつけ、小さな紅紫色の花を咲かせる植物を見ることができます。マメ科ソラマメ属のカラスノエンドウです。

カラスノエンドウ(烏野豌豆)

カラスノエンドウ正式名はヤハズエンドウで一年草です。原産地はオリエントから地中海にかけての地方で、この地方での古代の麦作農耕の開始期にはエンドウなどと同様に作物として栽培されたようです。若芽や若い豆果を食用にすることができ、熟した豆も炒って食用にできます。よく見ると、茎が角ばり、豆のへそが長いことからソラマメの仲間の特徴を持っています。 花期は3月から6月で、豆果は熟すると黒くなって晴天の日に裂け、種子を弾き飛ばします。さて、左の写真を見ると、アリがいます。
カラスノエンドウとアリアリを意図して撮ったものではありませんが、アリは花(葉)の付け根にある托葉の蜜腺を目指しています。カラスノエンドウはアリに蜜を提供するかわりに、葉や花を食べる害虫を駆除してもらっていると考えられます。カラスノエンドウとアリとの共生ということができます。