田 﨑 宣 義

先日、国立市公民館の市民講座の受講者と西キャンパスの建物ツアーをしました。その時にツアーに参加した公民館の職員や受講者から異口同音に「数年前は荒れ放題でとてもきたなかったのに、この頃、キャンパスがきれいになりましたねぇ」とお褒めの言葉を頂きました。市民も同じ感想を持っていたことを知り、植樹会の活動にあらためて誇りを感じました。手入れの方法を尋ねられたので、毎月一回、卒業生に加え学生・職員で手入れをしていると話すと大いに感心されました。キャンパスの変わりようが市民の間でも話題になっていることをあらためて実感しました。

ツアーのはじめには、総務課の方が、昨年のオープンキャンパスで配ったパンフレットをプレゼントしたのですが、その表紙は終戦後間もない頃の西キャンパスの航空写真(?)でした。これを目の前の光景と比べると、植生の変化がよくわかります。わけても最大の変化はヒマラヤ杉のように思います。

ヒマラヤ杉で想い出すのは、2000年5月20~21日の農工大の市民講座です。この講座は農工大津久井農場が会場でしたが、いまだに和牛の炭火焼きステーキと藁であぶった鰹のタタキの味が忘れられません。「箸でちぎれなきゃ和牛じゃない!」と獅子吼する和牛専門の先生の言葉にも鬼気迫るものを感じましたが、衝撃だったのは福嶋先生の「火災と樹木の役割」の講義でした。先生のお話では、木には火災に強く、防火の役を果たす樹種と、火災に遭うと燃え出すものがあり、ヒマラヤ杉は後者の典型だということでした。

私たちの緑地基本計画ではキャンパスの周囲に緑のバリアーを置き、防音・防塵・防火の役割を持たせようとしていますが、西キャンパス東側の樹林にはヒマラヤ杉が何本も聳えています。旧守衛所のある林の中はもちろん、東西両キャンパスで最も深い林の中にも、大学通り沿いから兼松講堂の西側まで、ヒマラヤ杉が点々と見られます。本部棟の最上階から眺めると、高く聳えたヒマラヤ杉が他の樹木を圧倒しているのが実によくわかります。この光景を眺めると、ついつい、広域避難場所を取り囲むヒマラヤ杉が燃えだした場面を想像し、その度の憂鬱になります。

加えて私の観察するところ(つまりアテにはならないという意味ですが)、ヒマラヤ杉の下には何も生えていません。旧守衛所の脇から大学通りを見ると、通りを走る自動車がよく見えます。これでは防音・防塵も期待薄です。さらに林の中に入って上を見ると(これは2002年6月1~3日に玉原高原で福嶋先生から教えて頂いた観察法ですが)、ヒマラヤ杉の下で、前からあった樹木の幹が無惨に曲がり、梢の方から枯れたり腐ったりしています。つまり、この林はヒマラヤ杉の林に向けて遷移が進んでいる、ということでしょう。林は樹種が少なくなるほど弱くなりますから、この意味でも困ったことで、目下の私にはヒマラヤ杉は憂鬱のタネです。

しかも、ここまで聳えたヒマラヤ杉は素人の手に負える代物ではありません。緑地基本計画の中でさらに計画を具体化し、手当を講じた方がよいのではないかと思います。時間が経てば経つほど、木が生長して手間も費用も嵩むばかりです。早いに越したことはないと思うのです。

それにしても、2003年4月22日、石先生の「ちょっと来い!」で学長室に駆けつけ、岸田・田中両先輩とお目にかかってから、はや4年になろうとしています。この間の植樹会の発展と活躍は目を見張るばかりで、今だに信じられない想いがしています。学生さんの参加も増え、しかも今年は卒業記念植樹も行われました。
これからの夢または課題として考えることは山ほどありますが、なかでもこのキャンパスの豊かな緑を教材として活用することが、今の私には最大の夢のひとつです。

本学には演習林や農場こそありませんが、キャンパスの豊かな緑は下手な演習林や農場よりもずっと自然が豊富で、実習や実験的な取り組みの材料に事欠かないように思います。これを活用して、人間も含めた自然のカラクリの神秘と面白さ、環境の強かさや脆さを体ごと体験し学ぶことができたら、と思います。私たちはしばしば自然と都会を対立させて考えがちですが、どんな大都会にも自然があり、都会の自然こそ遙かに多くの実践的な問題を気づかせてくれるのではないかと思います。

また植樹会の活動を通して、一人でも多くの学生さんが身の回りの自然に関心を払い、身の回りの自然を護ることを他人任せにせず、当然に果たすべき自分の役割として自覚し、実践する人間になってほしいと思っています。21世紀の地球は、地球を共有する総ての人が地球環境を護ることを自分自身の行動規範とし、それを実践することを求めていると思うからです。

このような考えから本学のキャンパスを眺めると、このキャンパスほど21世紀の教育に相応しいキャンパスはないと思えるのです。このキャンパスを大切に、そしてフルに活かすことができれば、と思っています。

以上