法学部4年 茅野竜太

8月に九州へ旅行に行った際に鹿児島の知覧特攻平和会館に行ってきましたので、その時にふと考えたことをお話ししようかと思います。

1 なぜ「特攻」なのか
日本には太平洋戦争(大東亜戦争)の資料館が多くありますが、個人的には特攻関連の資料館に足を運ぶことが多いです。太平洋戦争において象徴的な事件は多くありますが、どうして特攻-大空襲や原爆ではなく-関連の資料館に行くことが多いかというと、答えは「自分が一生たどり着かない精神の境地に達した先人のメッセージを見たい」と思ったからです。現代に生きていて、数日後に特攻へ向かうなどということはまずあり得ないことです。しかし、ほんの70年前にはそんな日々があったと考えると、教科書や資料集などで適当に身に付けた知識の浅いことに気付かされ、実際の資料やオーラル・ヒストリーに触れなければ日本人として恥ずかしい、そう思った次第です。実際に資料館へ足を運び、生の事実と向き合うことで考えさせられることが多くありました。

2 世界遺産への道
知覧特攻平和会館には1000柱を超える特攻隊員の方々の遺影が展示してあります。全て見るには一日では済まない量であり、私も3分の1程度を見るだけで手一杯でした。展示物は隊員の方々の家族への手紙・遺書・辞世の句など特攻を前にして書かれたものが中心です。個人的に特に印象に残った資料は「(妹に宛てた手紙で)君は女性で低く見られるかもしれないが気にしないように。性別なんて関係ないものだ。」という旨の手紙です。戦時下において最前線にいる隊員が自分の死を前にして斯くも時代に縛られない考えを手紙に記していると思うととても頭が上がりません。
そして、私が一番心に残ったことは会館で展示資料の解説をしてくださる「語り部」の方の活動です。ここ数年、会館では所蔵資料を世界遺産に登録しようという活動をしているとのことでした。この話を聞いたとき、私は「なぜこの活動を知らなかったのか」と思いました。日本人が終戦前に何を考えていたのか、その生の資料が世界中に発信できる日が来ることを願っています。(世間では憲法9条をノーベル平和賞になどと話題になっていましたが、それを実現したところでメッセージとして何が残るか疑問です。所詮は武装された平和の中での「平和ボケ」と捉えられかねない気も致します。)過去の事実を伝えるには、恣意的に文字化された「歴史」ではなく、現物の資料を未来に残すことに意味があると考えます。そして、「歴史」となっていく事象を多面的に見ることのできる資料を残していくことが価値相対化の時代である現代においてはとても意味のあることではないでしょうか。

3 価値相対化の時代
ところで、九州を旅行した際に阿蘇にも行ってきたのですが、日本人しかいなかった資料館とはうって変わって、逆に日本人が自分だけではないのかというほど、中国・韓国からの観光客で溢れかえっていました。この時ふと思ったのは「なぜ資料館には外国人が一人としていなかったのか」ということです。確かに外国の戦争資料館にお前は行くのかと聞かれれば何とも答えられませんが、ここにこそ問題の所在があるように思われます。
よく「自虐史観」という言葉を聞きます。なるほど日本の過去の行いを反省するという趣旨であるけれども日本を貶めすぎだと批判を受けているが、逆に先人の行いに敬意を払おうとすると軍国主義への回帰だと批判を受けるような状況が見られます。ですが、現代は価値相対化の時代ですから、かような二面性だけで考えることはナンセンスでしょう。結局、「戦争」には多面的な見方が可能である-日本は非人道的な行いとしたと言われるが、かの敵国は一般市民への無差別攻撃を行っているように-といえ、この全ての面を理解しなければ、現代に生きる人間としてはナンセンスなことになってしまいます。
結局のところ、かかる戦争の見方に限らず、価値相対化の時代においては「相手の良いところ/悪いところ、好きなところ/嫌いなところ」酸いも甘いも飲み込んで向き合わなければならないという当たり前の結論にたどり着いてしまいます。ただ、この結論にたどり着いて思うことは「相手の尊重すべきところは尊重するが批判すべきところは批判する」ということもありますが、「相手の一方的な言説を批判している自分たちは批判できるほど自分たちのことを知っているのか?」という疑問ではないでしょうか。何とも道徳の一般論のような疑問提起となりましたが、これからのグローバル化の時代において、我々が知っている「歴史」はどの程度のものなのか、果たしてその「歴史」は如何なる資料に基づくものなのか、そして自分たちが否定されたときに如何なる議論が展開できるか(自分と相手の情報を相対化し互いに新たな知識を共有することができるか)ということを考えると私にはその自信がありません。
何とも纏まりがつかない寄稿文となってしまいましたが、私は旅行においてこのような疑問を確認できたとともに、まずは日本人として知っていなければならないことである太平洋戦争についての生の資料にこれからも触れていこうと思うに至りました。

≪最近のキャンパス光景から=図書館≫

図書館の最近の様子

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図書館右わきに最近まで

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